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頭山

書いておきたい事を書いておく感じです

ゲームの話をします

 自分ってなんなんですかね。

 いきなり中学生みたいな事言い出してほんと申し訳ないんですけど、自分ってなんなんですかね。自分とは人格を差すんでしょうか。容姿を指すんでしょうか。技能や知識や経験や記憶を差すんでしょうか。それらをいくつか組み合わせたものが自分なんでしょうか。

 とりあえず人格の話をします。

 人格って変わるじゃないですか。数mgの化学物質の薬理作用で変わったりするじゃないですか。数mgの化学物質の話は置いておいて酒の話をします。ダメ、ゼッタイ。酒を飲んだら性格が変貌する人がいます。僕は一時期ずっと、ずっと、ずーーーーーーーーっと酒飲んでた頃があって、あの頃と今で性格とか言動とかかなり違うんですよ。酒飲んでる期間の方がシラフの期間より長い人がいた場合、酒飲んでる状態が「その人」なんですかね?それとも酒飲んでる間は「その人」は「その人」ではなく「別の何か」なんでしょうか。あるいは「酒を飲んだその人」なんでしょうか。どうなんですかね。アル中なのでアルコール依存で通院してるんですけど、たまにドラッグやって無茶苦茶になって奇声を叫びながら暴れてる人が連れてこられるんですけど、あれは「その人」なのか「その人ではない」のか「ドラッグをやったその人」なのか。ダメ、ゼッタイ。

 容姿の話をします。

 容姿。誰でも自分の容姿がもっと良ければいいと願うと思うんです。で、変えれるようになると思うんですよ。整形とかじゃなくて。こう攻殻機動隊みたいな世界がいつか来るんじゃないの、って意味で。自分の脳を取り出して美しい完璧な身体に入れる。元々の自分の身体は捨ててしまう。脳、精神は自分だけれど身体はもう自分ではない。

 技能、知識、経験、記憶。

 最近祖母が時々僕を僕と認識してくれなくて哀しい。人生で積み上げたものは長く生きていけばいずれ失っていくのだなと思いました。

 何かいやなんですよ。薬理作用で変わるような、容易に変更出来るような、歳と共に失われる様な、不確かな自分というものが怖い。自分が自分でなくなってしまうのが怖いんです。僕は僕という存在をいつまでも、どこまでも、果てなく、鍛え上げたいんです。やり込みゲー好きだし。日本一ソフトウェアユーザーだし。

 で、そこから生まれた願い、なんですけど。別にそんなものがホントにあるなんて思ってないんですけど。『魂』というものがあれば良いなと僕は強く思うんです。

 僕の考える『魂』は外部からは一切変える事が出来ない自分固有のものであり、そしていつまでも、それこそ輪廻転生の果てまでも鍛え上げられるものなんです。

 魂のレベル上げ。そういう事がしたい。

 そんな事を考えながらぼーっとゲームやってたんです。そしたらそんな願いにピタリとリンクする内容のゲームだったので驚きました。

 魂の研鑽がテーマの一つとして扱われているんです。

 『ルフランの地下迷宮と魔女ノ旅団』というゲームです。大変面白く、特にシナリオにおける深い人生観、死生観に僕は非常に感動しました。

 買おう!『ルフランの地下迷宮と魔女ノ旅団』!(このゲームの布教がしたかった)

近所のコンビニ店員○○さんを褒め称えたい

 近所のコンビニ店員○○さんを褒め称えたい。

 僕はよく近所の××というコンビニに行くのだけれど、そこに「プロフェッショナル」としか言えないコンビニ店員がいる。なんというか買い物を済ませた後、「清々しく」「気分良く」店を出る事が出来るのだ。「またこのコンビニに来たい」「出来れば次の買い物の時もあの店員が良い」そう思えるコンビニ店員なのだ。

 その方は別に特別な接客をしてるわけではない。普通に接客している。だが、声の抑揚だとか仕草、立ち振る舞い、ちょっとした顔の表情筋の使い方、客である僕との距離感、全てが完璧なのだ。あれほど、客(僕)にとって心地良い対応をしてくれるコンビニ店員は人生であの店員以外に出会った事がない。

 僕ははっきり言って、あまり上等な客ではない。僕の買い物はこうだ。深夜2時に来店。チューハイ1缶買って終わり。あるいは早朝7時に来店。ゴールデンバット5個を頼む(煙草を吸わない人には判りづらいだろうが、ゴールデンバットは日本で1番安い煙草で扱っている店も少ない。また1カートンではなく5個というのも店員としては多分かなりめんどくさい)。しかし、彼、○○さん(名前はネームプレートで知ってるが出すのはまずいだろう)は嫌な顔一つしない。決してめんどくさいと思っている事を読み取らせない。耳に、脳に1番心地良い抑揚と発音で、「こちらでよろしいですか?」「ありがとうございます」と言ってくれる。そして常連である僕に決して深入りしない。多分アル中である僕に深入りしない。必要以上に、「あなたの事毎日来店してるからよく知ってます」みたいな態度取らない。決して僕に対して買い物に必要な事以外を話しかけない。「あ、どうも」も『あ、いつもの方ですね!今日はゴールデンバットですか、の態度』も取らない。まるで「あなたの事はよく知らないけど、お客様ですから大切に接客させて頂きます」という僕にとって「理想」と言える態度を取ってくれるのだ。僕はいつもこの人で会計を済ませた後、気分よく店を出る。素晴らしい……。僕はいつもぶすっとした表情で必要最低限の発声だけして買い物を済ますのだけど、正直毎回ちょっとした感動をしている。心地良い……この距離感……。このコンビニは1年程前に開店したのだけれど、最近○○さんのネームプレートには「MASTER」と書かれており、ネームプレートは誇らしげに金色に輝いている。当然だ。完璧な。完璧な店員なんだから。この人が凄いのはいついっても。例えばおそらくこの人の労働終了間近であろう時間であっても一切対応が変わらない事だ。仕事を始めたばかりにやるきがあり元気があるのは誰だってそうだ。だがこの人は疲れきっているであろう、労働終了間近ですら、完璧な接客をする。それは凄い事だと思う。あの店員さん!いつもありがとう!どんな世界にもプロフェッショナルはいるんだなぁ……道を究めた人はいるんだなぁ……僕も僕の道を究めたい。そんな事を思う。

幼い頃、『火の鳥』を読んで考えてた事(輪廻転生の話)

 シン・ゴジラ面白かったですね。今は君の名は。が流行ってるみたいです。面白いらしいです。僕としては傷物語二部を観に行きたいんですが極貧生活を送っているため映画代1800円すら惜しいという毎日です。僕はオタクですしミーハーなので流行っているものには積極的に触れていって見識を深めていきたいと思っています。というわけで今日は火の鳥と輪廻転生について書きます。

 火の鳥は名作です。家の本棚に置いてあり生まれてから2番目に読んだ本が火の鳥でした。人生で一番最初に読んだ本はスラムダンクでした。幼い頃に読んだ本というのはおそらくその人の人生観に多大な影響を与えると思います。それが傑作であれば尚更です。まだ真っ白なキャンパスだった幼い僕は火の鳥によって世界や社会や人間や人生や宇宙といったものの成り立ちについてイメージを膨らませていったわけです。幼かったため、近所とちょっとした友達、幼稚園と小学校の先生、親くらいから成り立つ小さな世界しか知らなかった僕には火の鳥の描く世界はとても衝撃でした。火の鳥は、過去、未来、過去、未来、過去、未来、と順々に描いて行く物語です。火の鳥は時間を越えた存在で、そして火の鳥は魂の集合体だったりします。だから僕は小さい頃火の鳥を読んでもし輪廻転生があるなら時空を超越する筈だって考えたんです。来世が過去だったり前世が未来だったり。また同じ時代に今の僕と来世の僕と前世の僕がいる事だってありえると。そして輪廻転生は解脱するまで永遠に続く。この仮定でいくと僕が嫌いな人間や重大な犯罪を犯した人間が僕の前世だったり僕の来世だったりするかも知れないわけです。例えば中世で魔女裁判で有罪になり拷問を受けて死んだ人がいるとします。この想像でいくと、いつか僕は輪廻転生を繰り返しその人の人生を生きる時が来るかも知れないわけです。小さい頃そこまで考えてました。子供の想像力って大人が思ってる以上に凄いし無限だし果てがないんです。辛い人生を送ってる人間がいつかの僕であるかも知れない。自分をどこまでも拡大してしまったわけです。そんな様な事を7、8歳くらいの時によく考えてました。輪廻転生って概念怖い!って思って夜、風呂入った後とかよく泣いてました。7、8歳の頃に。親に理由を毎回聞かれたんですけど、頭おかしいと思われるのが嫌で理由は言いませんでした。まぁ全部仮定だし、死んだ後どうなるかなんてわかるわけないんですけど、小さかった僕にはその考えはとても怖かったです。火の鳥は、あれは子供の頃に読んではいけない本ですね。小さい頃に火の鳥を読むと不安定な精神の大人に育つ可能性が高まる気がします。やっぱ小さい子供はワンピースとか読んだ方が良いです。冒険の匂いがするっ!(ドンッ!)やってた方が良いです。明るいし、ワンピース。暗いです火の鳥火の鳥は怖い。子供に火の鳥を読ませてはいけない。ダメ、絶対。(文章を展開する事は出来るけど、最後どうやってまとめたらいいかがわからない)

戦争と女装の話

 何処で読んだのかは思い出せない。誰かが言った事が印象深くて覚えてるのだと思う。だけど検索してもそれらしいものは見つからなかったので僕がどこかで考えた事なのかも知れない。僕には「戦争」という単語の反対は「女装」であるというイメージがある。漠然としたイメージだ。「戦争」というのは最も男性的だと思うし、だからその反対を考えた時に「女装」ではないか、と昔思ったのかもしれない。(自分で思いついた事なのか、どこかで読んだのか本当に判らない。自分も読んだ事がある、という人がいたら教えて欲しいです)『ターンエーガンダム』というアニメがあって、ロボットが戦争をするアニメなのだけど、戦争とは平和とはみたいなテーマでとても面白い。『ターンエーガンダム』において主人公のロランは作中で何度も女装するのだけど、多分何かの象徴として主人公の女装が描かれている。それは戦争の対極に位置する人、という意味付けであると思う。

 多分ここから何か文章を展開させて行くと面白いのだろうけど、これ以上書く事が思いつかない。

御挨拶

”「これだ。この感じなんだ。何もせず、何も考えず、意味を求めず、表現を放棄し、社会的存在であることを拒否し、ひたすら心のたゆたいに身をまかせている。こういう時間を私は”生きている”と呼びたいな」中島らもの小説『ロカ』より”

 

 ”僕は「意味のない事」とか「なんもかんがえない」が凄く好きなんだけどうんたらかんたらみたいな事をツイートしようと思ったんだけど、昔読んだ本で一番良い感じの言葉で既に書かれてたなー、っていうかそれに影響されてるなーと思ったので本引っ張り出してなんとなく書き出してみた”

 

 上記2つの内容は、ふと、ツイッターに呟きたくなり、つい先ほど呟いた内容なのですが、こんなツイート呟かれてもフォロワーさん困っちゃうなー。「なんだこいつ!?」ってなるだろうなーと思ったので、はてなブログにこういうよく判んないどうでも良い事は書いていく事にしました。僕の頭にふと浮かんだ何の脈絡もない思考を適当に綴る、という趣向です。1日1回くらい更新しようかと思っていますが、このまま数ヶ月放置して削除、という事も普通にあるかもしれません。つまりはチラシの裏で、設定のところに自分以外非公開の設定があり、もうそれで良いかなとも思ったのですが、公開する事で何か良い事があるかもしれないなぁなどと思ったのでとりあえず全体公開にしておきます。

 面白い読み物にしよう、という努力すら放棄しています。ガラクタが無造作に置いてあります。ですが、もし何らかの奇縁でこのブログを見つけた方はせっかくなので読んでいって下さるとありがたいです。案外琴線に触れる様な素敵な一文はガラクタの中に眠っていたりするかもしれません。